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山口地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決 1957年3月28日

原告 原田教

被告 山口県公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年二月十日原告に対してなした昭和三十年二月十四日から昭和三十年五月十四日まで九十日間自動車、自動三輪車運転免許停止処分はこれを取消す被告は原告に対し普通自動車第七四〇号、自動三輪車第八二三号の運転免許証はこれを還付する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求原因として、

原告は普通自動車第七四〇号自動三輪車第八二三号の自動車運転免許を有し宇部市西区上町三丁目宇部商事株式会社に勤務し貨物自動車の運転に従事していたものであるところ、被告は昭和三十年二月十日附をもつて原告に対し「昭和三十年二月十四日より同年五月十四日まで九十日間原告の運転免許を停止する」旨の処分をなし原告は同年二月十四日その通知を受けた。右処分の理由は「原告が昭和二十九年十月十九日午後零時四十分頃飲酒酩酊して普通貨物自動車を運転し宇部市藤山区藤曲においてタクシーと衝突事故を起しその運転者松谷民夫に全治十日間の傷害を、相手方自動車に対し金二十五万円相当の損害を夫々与えた」というのである。

然しながら

(1)  原告は昭和二十九年十月十九日飲酒酩酊して普通貨物自動車を運転したことなく、又道路交通取締法第七条第一、二項に規定する無謀な操縦をした事実もない。

(2)  原告は昭和二十九年十月十九日午後零時四十分頃、普通貨物自動車(山一ー一二六一〇号)を運転し小野田市方面に向う途中正常速度(時速二十五キロ以下)にて宇部市藤山区藤曲市営バス停留所十字路に差しかかつたところ訴外運転者松谷民夫の運転する普通乗用車(山三ー二〇一五六号)が反対方向より高速度(時速二十五キロ以上)で突進して来るのを認め急停車したところ、これに右普通乗用車が衝突したものである。右衝突事故につき原告に業務上の過失の責任はない。即ち(イ)右衝突現場路上における原告のブレーキ使用による車輪跡の長さは三十米もありその内急ブレーキによるもの六、七米もあるに反し訴外松谷民夫のブレーキを使用したと認めるに足る車輪の跡は存在しない(ロ)訴外松谷民夫運転の乗用車はその進行方向に向い道路の中央より右寄に出て原告の運転に係る貨物自動車に衝突しており(ハ)訴外松谷民夫はその胸部にハンドルによる打撲傷を受けている。これ同人運転に係る乗用車が停車中の原告の貨物自動車に急速力にて衝突したので惰性の法則により負傷したものである。若し停車中の乗用車に原告の運転する貨物自動車が衝突したものとすれば訴外松谷民夫は後頭部その他背部に傷害を受けた筈である、(二)訴外松谷民夫の運転していた乗用車は右事故当時バツクギヤーを入れていない。等の諸事実を綜合すると右衝突につき原告に過失なく却つて右訴外人に業務上の過失のあること明である。

よつて被告が前叙理由の下に為した原告に対する運転免許停止の処分は違法である。

又原告は右事故のあつた当日までに一回も自動車事故を起したことのない運転技術卓抜注意力周到な優良自動車運転者であり、自動車運転の業務に従事しその生活の資を得ているものである。原告は本件処分により収入の途を絶たれ償うことのできない損害を受けている。運転免許の取消停止等の処分は一応被告行政庁の裁量行為に属するもその処分程度には社会通念上一定の限界があり、この限界を著しく逸脱した処分は違法である。原告に対する本件処分は右自由裁量の範囲を著しく逸脱したものであり違法である。

そこで原告は前叙運転免許停止処分の取消を求め、干連請求として被告に取り上げられている原告の自動車運転免許証の還付を求めるため本訴請求に及ぶ旨陳述し

被告の主張に対し訴外松谷民夫の負傷の程度、相手方乗用車の損傷の程度、は不知、原告は訴外松谷民夫の負傷に対する救護につき万全の処置を講じた。その他原告の主張に反する被告の主張事実を争うと述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、

原告主張事実中原告が普通自動車第七四〇号自動三輪車第八二三号の各自動車運転免許を有すること、被告が原告に対しその主張のような内容の運転免許停止の処分をしたこと、を認め、衝突現場における状況についての原告主張事実を否認する。

本件自動車事故発生当時の状況は次のとおりである。即ち原告は事故発生当日の午前十一時半頃、貨物自動車を運転し小野田市に向う途中宇部市宮原所在の実姉黒石栄方に立寄り昼食前の空腹時に湯呑み茶碗で清酒二合五勺乃至三合を飲んだ後昼食を済ませ同日午後零時三十分頃小野田市に向うべく同家を出発し、貨物自動車を運転し宇部市藤山区藤曲市営バス停留所の丁字路に差し掛つた。右丁字路附近は道路交通取締法第十条第二項に基き山口県公安委員会が最高速度を時速二十五キロに制限し山口県道路交通取締規則第四条の規定により告示し現場には標識をもつて右制限速度を表示しある道路である。然るに原告は前叙飲酒により酩酊していたため前記制限速度を越える時速四十キロで右丁字路に差し掛つたのである。衝突の相手方車輛である「みどり」タクシーの普通乗用者(山三―二〇一五六号)の運転者訴外松谷民夫は同所が丁字路であることを知つていたのでその手前約五十米の地点から徐行進行していたところ、原告の運転する貨物自動車が道路の右側(その進行方向に向い)を高速度で、しかもブレーキ片利きの状況で進行して来る運転状態に危険を直感し停車した瞬間その右側前部に貨物自動車の右前部が衝突したものである。若し原告主張の如く訴外松谷民夫の運転する乗用車が停車中の原告の貨物自動車に衝突したものとすれば右訴外人は運転者として衝突の危険を感じブレーキをかけた筈でありその車輪のスリツプの跡が残る理である。原告の貨物自動車の車輪のスリツプ跡が残り訴外松谷民夫の乗用車の車輪のスリツプ跡の無いことは停車中の乗用車に貨物自動車が衝突した証左である。又自動車運転者は前方の車に衝突する惧を感じたときは直ちに急停車の処置をとるため足に力をいれてブレーキを踏み、自ら上半身を後にさけるので胸部を打つ率は減少する、原告が胸部に打撲傷を受けていないのはこの理によるものであり訴外松谷民夫の胸部打撲傷は貨物自動車の衝突による強度の衝撃により反応的に受けたものである。以上により本件事故は原告の過失に基くこと明である。

又原告は右自動車事故により訴外松谷民夫の胸部に全治十日間の傷害を、相手方乗用車に金二十五万円相当の損害を夫々与えたに拘らず被害者の救護及び事故の発生地を管轄する警察署の警察官に報告する等必要な措置を講じなかつたものである。

原告の叙上所為は道路交通取締法第九条第五項にいう「故意過失により交通事故を起したとき」に該当するので被告はこの法的根拠に基き原告に対し、運転免許を停止する処分を行つたものである。よつて本件自動車運転免許の停止処分に原告主張の如き違法はない。

次に本件処分の程度範囲は被告が行政官庁として有する自由裁量範囲内の行為である。その範囲を著しく逸脱したものということはできない。即ち原告の前記行為中(一)飲酒酩酊による無謀操縦の点は道路交通取締法第七条第二項第三号違反であり「運転免許等の取消停止又は必要なる処分を行う場合における基準等」を定める総理府令第四条第一号により運転免許の取消又は三十日以上の停止処分に該当する事案(二)制限速度違反の点は同法第七条第一項第二項第五号第十条第二項違反であり右総理府令第五条第二号により同令別表第二により五日以上二十日以下の免許停止処分該当事案(三)交通事故により人を傷害し物損を与えた点は同法第九条第五項同法施行令第五十九条第二項に該当し右総理府令第五条第一号により同令別表第一の第一号表及び第二号表により五日以上四十日以下の免許停止処分該当事案(四)人を傷害し物損を与えた場合の措置に関する義務違反の点は同法第二十四条第一項同法施行令第六十七条第一、二項に該当し右総理府令第四条第二号に基き免許の取消又は三十日以上の停止処分に該当する事案、である。以上の各事案を綜合し勘案するに本件処分は寧ろ軽きに失する嫌がある程度である。自動車運転者としての適格性を欠く疑のある原告の前叙所為に対しては運転免許を取消して他に適当な職を求めしめるべきであるが、原告は未だ年若く且つ平素は至極真面目な性格の者であるが一旦飲酒すれば変人となり事を誤るこの習癖は原告の自覚と反省により更正し得るものと認め特に平素の行状、家庭の事情を斟酌の上取消保留条件の下に九十日間の運転免許停止処分に付したものである。よつて本件処分をもつて自由裁量の範囲を逸脱した違法のものと云うことはできず、裁判所が干渉しその是非を決すべき事柄ではない、

と陳述した。

(証拠省略)

理由

原告が普通自動車第七四〇号自動三輪車第八二三号の運転免許を有し、昭和二十九年十月十九日午後零時四十分頃宇部市藤山区藤曲市営バス停留所附近丁字路においてその運転する貨物自動車(山一―一二六一〇号)と訴外松谷民夫の運転する普通乗用車(山三ー二〇一五六号)が衝突しそのため訴外松谷民夫が胸部に打撲傷を負い、右普通乗用車に損傷を生じたこと(但し傷害損傷の程度の点を除く)、被告が昭和三十年二月十日附書面をもつて原告に対し「原告は昭和二十九年十月二十九日十二時四十分頃飲酒酩酊して普通貨物自動車を運転し宇部市藤山区藤曲においてタクシーと衝突事故を起し相手車運転者訴外松谷民夫に全治十日間の傷害、及び物損金二十五万円相当の損害を与えた」という理由で道路交通取締法第九条第五項の規定により昭和三十年二月十四日より同年五月十四日まで九十日間原告の運転免許を停止する旨の処分をしたこと、は当事者間に争がなく、原告が同年二月十四日右処分の通告を受けたことは被告の明に争わないところであり、又当事者間成立に争のない乙第一号証によると訴外松谷民夫の前記傷害の程度は全治まで十日間、前記普通乗用車の損傷の程度は金二十五万円相当のものであることを認めることができる。

そこで前記交通事故は原告の過失によつて生じたかどうかについて考えて見る。

当事者間成立に争のない甲第二号証乙第一号証原本の存在及びその成立に争のない甲第三号証証人富永益雄同八木義雄同中田順太同蔵重雄次郎同原田光江同宮田勘次郎の各証言当裁判所の検証の結果を綜合すると次の事実が認められる。

一、原告は右事故当日午前十一時過頃宇部市宮原所在の訴外黒石栄(原告の実姉の夫)方へ立寄り昼食をとる時湯呑み茶碗で清酒二合余を飲み午後零時三十分頃同家を出発したものであり右事故当時事故現場においてなお酒気を帯び、相手方運転者を大声で罵倒する等酒に相当酔うていたことが外観上認められる程度であつたこと。

一、右事故現場は吉敷郡小郡町方面より下関市に通ずるほぼ東西に走る幅員八、四米(内六、五米アスフアルト舖装)の道路(以下甲道路と略称)より宇部市助田上町へ通ずる幅員八、四米(内六、五米アスフアルト舖装)の道路(以下乙道路と略称)が分岐する丁字路であり、甲道路上この分岐点により東西の見通し良好、但し西へ約七十米の地点より約百二十度北へ曲折。交通は頻繁。当時の自動車制限速度は最高時速二十五キロと指定(道路交通取締法第六条第一項同法施行令第五条、昭和二十九年七月一日山口県公安委員会告示第二号別表第三十に依り制限される。被告の答弁書中右告示の根拠法として山口県道路交通規則―昭和二九、一二、七山口県公安委員会規則第十五号―第四条とあるは誤と認められる)された場所であること。

一、原告は前記黒石栄方を出発し前記貨物自動車(空車)を運転し時速四十キロ乃至四十五キロで右丁字路の衝突地点の手前(東方)約三十二米余の地点にさしかかつてから進行方向を道路の右寄り(進行方向に向い)にとり徐々にブレーキを掛け進行中衝突地点より約十八米の地点で前方から時速約二十キロの速度で甲道路の右側(原告から見て左側)を進行して来た訴外松谷民夫運転の普通乗用車を認めたので急ブレーキを掛けたが及ばず約八、六米進行し、進行中の相手方乗用車の右側前部に貨物自動車の右側前部を衝突し停車したこと。

以上の事実が認められるのであつて証人富永益雄、同八木義男、同中田順太、同蔵重雄次郎、同原田光江の各証言中右認定に反する部分は措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

而して自動車運転者たるものはその仕事の性質上従業中飲酒することは慎しむべきことであり酒に酔うて自動車を運転することは法の禁止するところである。本件事故発生現場は東西の見通しは良好であるが乙道路より甲道路に進入して来る諸車を見通すこと困難な地形にあるから特に速力を低減する等事故の発生を防止する万全の注意を払わねばならず又常に前方の注視を厳にし特に自己の進行路を進行して来るものを認めた場合は双方の速力距離を考え、警音器を鳴らして相手方に注意を与え、相手方の行動に応じいつでも急停車のできるように速度を低下する等事故の発生を未然に防止するだけの処置をとる義務がある。然るに原告は前記認定のとおり飲酒酩酊し而も制限速度(二十五キロ)を超過する時速四十キロ乃至四十五キロの高速力を出しており又相手方自動車の進行方向に対する注意を怠つたため急停車の措置が間に合わず本件事故を起したものであるから本件事故は原告の右注意を怠つた過失と訴外松谷民夫の右側通行の過失と相まつて発生したものと認めなければならない。

しからば原告の右行為は過失により交通事故を起した場合に該当するから道路交通取締法第九条第五項の規定に徴し被告が原告に対し前記のような処分をしたことは適法である。本件処分が違法である旨の原告の主張は採用できない。

次に本件処分は被告の裁量の範囲を著しく逸脱した違法のものであるとの原告の主張について検討して見る。前顕乙第一号証、証人宮田勘次郎の証言を綜合すると原告は前記事故当時被害者松谷民夫の救護につき直ちに適当の措置を講ぜず又事故の内容を所管警察署の警察官、に報告しなかつた事実を認めることができる。証人富永益雄、同八木義男の各証言によつては右認定を覆えし原告が右救護、事故報告につき十分その義務を果したものと認めるに足らず他にこれを認めるに足る証拠がない。右違反の点は道路交通取締法第二十四条同法施行令第六十七条に、前記認定に係る飲酒酩酊し自動車を運転した点は同法第七条第一項第二項第三号に、制限速度超過の点は同法第七条第一項、第二項第五号第十条第二項昭和二十九年山口県公安委員会告示第二号に、事故により人を傷害し物損を生じた点は同法第九条第五項同法施行令第五十九条第一項第二号に各違反し、過失により交通事故を起した点は同法第九条第五項に該当する。これ等の処分該当事項を、公安委員会が同法第九条第五項の規定に基き免許の取消、停止等の処分を行う場合における具体的基準を定めた総理府令(昭和二十八年十一月二十日総理府令第七十五号)に定めた各基準、同法施行令第六十条により免許の停止期間を最長六月間と法定されていること等に照し考察するとき、仮に原告主張のような、原告が従前一回も処分を受けたことのない注意力周到技術優秀等の原告に有利な事実が有るものとしこれを考慮に入れても本件処分は被告の裁量範囲を逸脱したものということはできない。本件運転免許停止処分は被告の裁量権の範囲内にあること明である。

そうすると被告の行つた本件運転免許停止処分には原告の主張するような違法のかどはないから原告の右停止処分の取消を求める請求は失当として棄却すべく、右請求に干連するものとして提起された免許証還付の請求もその基本請求たる処分取消の請求が認容されない限り請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決した。

(裁判官 河辺義一 藤田哲夫 杉浦龍二郎)

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